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本田哲郎師の「石切」説は誤り(3) Josephology 2012-02-07
Re:司祭受難 raphael 2012-01-21
本田哲郎師の「石切」説は誤り(2) Josephology 2012-01-18
Re:頌春 koriyama 2012-01-13
あけましておめでとうございます^^ ぽんた 2012-01-11
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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。
 
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本田哲郎師の「石切」説は誤り(3) by Josephology — last modified 2012-02-07 12:59
本田哲郎師の紹介するヘブライ語「ホツビーム(採石労働者)」(『聖書を発見する』(岩波書店)89ページ)が、七十人訳ギリシア語聖書で実際にどのように翻訳されているかを検証してみると、興味深い結果が確認されます。
採石労働者を意味するヘブライ語が登場する旧約聖書の箇所は、列王記上5章29節、列王記下12章13節、歴代志上22章2節、同22章15節、歴代志下2章1節、同2章17節、同24章12節、エズラ書3章7節の八か所です。
このうち、歴代志上22章15節を除いた七か所でラトモス(石切)という訳語が当てられており、歴代志上22章15節では「オイコドモイ・リトーン(石を扱う建設労働者たち)」という表現で訳されています。
つまり、主イエスや聖ヨセフの職業であるテクトーンという訳語になっている箇所は、どこにも存在しない、ということです。
基本的に、採石労働者はギリシア語ではラトモスという単語で表現されていたわけです。

本田師はこの「ホツビーム」について、「すなわち石や木を刻む人たちというわけです」などと書いていますが、問題の箇所の「ハラシェ」の前のヘブライ語「ヴェ」を、「それは」とか「すなわち」と解釈するからおかしくなるのです。ここは素直に、英語のandの意味に訳せばいいのです。
正解は、「ホツビーム(石切たち)と、石や木を扱うハラシーム(職人たち)」です。
採石労働者(ホツビーム)とは、神殿建設に必要な作業のうち、採石場で石を切り出して石材を準備するところまでを担当する人々のことです。
そして、準備されたその石材を使って、神殿など実際の建設現場で建築に携わる人々が、「石を扱うハラシーム(ハラシェ・エベン)」です。
神殿には、石造建築の部分と木造建築の部分とがありました。

ちなみに、問題の歴代志上22章15節において、七十人訳ギリシア語旧約聖書は、ヘブライ語の「ホツビーム(石切たち)」と「石を扱うハラシーム(職人たち)」をひとくくりにしてギリシア語の「オイコドモイ・リトーン(石を扱う建設労働者たち)」と翻訳し、ヘブライ語の「木を扱うハラシーム(ハラシェ・エーツ)」の方は、「テクトネス・クシュローン(木工職人たち)」というギリシア語に翻訳しています。
ここで初めて、「テクトネス」つまりテクトーンという単語が用いられました。
日本語訳で「採石労働者、石工、大工」とあるくだりです。
ホツビーム=採石労働者、石を扱うハラシーム=石工、木を扱うハラシーム=大工です。

このくだりでテクトーンとギリシア語で呼ばれているのは、木工職人だけです。
そして、マタイ福音書やマルコ福音書は、主イエス・キリストや聖ヨセフの職業をテクトーンと呼んでいます。
Re:司祭受難 by raphael — last modified 2012-01-21 19:30
中国人として恥ずかしい...
本田哲郎師の「石切」説は誤り(2) by Josephology — last modified 2012-01-18 00:53
先に「石切を意味するギリシア語はラトモスであって、テクトーンではありません」と書きましたが、ラトモス(latomos)という単語は、las(石)とtemno(切る)という二つのギリシア語に由来する合成語で、実はこちらこそ、まさに本田哲郎師の持論である「石切」そのものに該当する表現です。
マタイ福音書やマルコ福音書にはラトモスという単語そのものは登場しませんが、そこから派生した表現は両方の福音書に登場します。
ラトモス(latomos:石切)の動詞形はラトメオー(latomeo:石切りする)ですが、この動詞から変化した表現が、マタイ福音書27章60節(elatomesen:「掘った」)とマルコ福音書15章46節(lelatomemenon:「掘って作った」)の二か所に用いられています。
当時の墓は、岩を掘って(石切りして)作られていたためです。

福音書の著者たちは、明らかにlatomos(石切)という単語を知っていたということになります。
だとすれば、イエスやヨセフが本当に石切だったとしたら、テクトーン(tekton)ではなくラトモス(latomos)と福音書に書いていたはずです。
しかし福音書にはイエスやヨセフの職業としてテクトーンという表現が用いられています。

やはり、"本田哲郎師の「石切」説は誤り"と言わざるを得ません。
Re:頌春 by koriyama — last modified 2012-01-13 16:30
オヤオヤ沖永良部とは!また遠いところへ。ご主人はじめ、子供たちや神父さん、教会の皆さんに新年のご挨拶をお伝えください。
あけましておめでとうございます^^ by ぽんた — last modified 2012-01-11 13:42
沖永良部に今住んでいます。
偶然カトリックの教会を見つけマリア様に手を合わせてきました。
とても嬉しかったです!
Re:宣教巡礼を目指す by Anonymous User — last modified 2012-01-10 19:29
今日は、韓国で、二人の神学生の助祭叙階式でしたね。お二人のために、ノベナをお捧げしてきました。熱心な祈りの国韓国では盛大な式だったことでしょう。司祭誕生に一歩近づきましたね。アントニオさん、ドミニコさん助祭叙階、本当におめでとうございます!!!今日は、特別にミサのときに心をこめてお祈りいたしました。
Re:一年のすべてに感謝! by Marco — last modified 2011-12-31 22:25
こちらこそありがとうござあいました。どうぞよい年越しを。感謝と祈りのうちに
Re:クリスマス満喫ミッション by Anonymous User — last modified 2011-12-27 13:55
郡山司教様、先週の大野神父様の金祝お祝い、今回のクリスマスミッション、お疲れさまでした!!!ノベナの祈りが聞き届けられたのでしょうか?ブログにも触れていはいましたが、我が、巡回教会のメンバーもクリスマスに来られた方が数名いました。そして、私の、未信者の同窓生が、以前から、ミサにあこがれていたとはいえ、今回のクリスマスを選んだのは、ノベナの祈りの効果でしょうか?と思いました。友達が聖体拝領のときに、神父様から祝福をいただいた時には、目頭が熱くなりました。これから、私も、ノベナの祈りを機会を作ってしてみたいと思います。日ごろ、ミサになかなか来られる機会のない方も、未信者も、みんなで、イエス様のご降誕の良い記念ができて、本当に、メリークリスマス!!!

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