教会の期待
【今日配信のCathNews*Asiaより】フィリピン司教協議会が新大統領に13の提言。
新大統領は忘れもしない1986年2月あのピープル・パワーでマルコス大統領が追放されることで就任を果たした前大統領コラソン・アキノ氏の長男。ニックネームはノイノイ。父親は1983年8月21日マニラ空港で暗殺された。その10日後にマニラ入りしたのでよく覚えている。
彼の政治家としての志は奥さんに引き継がれた。彼女が政策の重要項目に掲げたのが土地改革だったという。大小百のファミリーが支配していると言われた国なだけに貧富の格差は日本の比ではない。83年当時大土地所有者のもとで働く小作農は貯蓄ができない仕組みに縛られていると聞いた。そんな非人間的状態を何とか良くしたいと願ってアキノ大統領が掲げたのが“包括的農地改革法案”だったが結局成功することはできなかった。
そのことをフィリピン司教団は忘れてはいなかった。そこで13の提言の中で一番に掲げたのがこの幻の農地改革法案の成立施行。地主たちの反対はまたも激しいと思うがアジアのカトリックの中心国らしく真の平等と人間らしい生活が保証される世界へと脱皮してくれることを祈らずにはおれない。がんばれノイノイ!
今日は一年の折り返し点。時の流れを引き止めたいのボクだけ?
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ようこそ!
韓国人神学生のアントニオが来た。三名のうちの一人だ。あとの二人は足の怪我で夏期休暇中に母国で治療に専念することに。
若い神学生たちとサッカーの試合中に痛めたらしい。なにしろ周りは二十代の若者ばかり。我らが三名は39,42,48歳の高齢。この3月、念願の神学校再入学を果たしたので喜びのあまりついトシを忘れたのかもしれない。年の離れた同級生たちとすっかり仲良しになっているようなので嬉しいのだが・・・。日本語研修を兼ねて休みには鹿児島に「帰る」ことになっていただけに残念だ。ともあれ、早い回復を祈るばかりだ。
ところで、そのアントニオだが韓国では洗礼を受けると家族の間ではもちろん教会の人たちも洗礼名で呼び合う。20数年前鹿児島の青年15名とともに交流会に出かけた時のことが蘇った。アグネス、クリスティナ・・・に鹿児島の女の子たちがすっかり憧れた。「ネ、ネ、アタシたちも洗礼名で呼ぶようにしよう!」身につくはずもなかったが、韓国ではごく自然な感じなのはナゼ?
「洗礼を受けて新しく生まれ変わった」からだと当たり前の説明が妙に説得力があったのを覚えている。それにしても当たり前のことが日本ではなぜ形式以上のものにならなかったのだろうと思う。
お昼を一緒にとりながら「メールの日本語が上達した」と褒めたら翻訳ソフトだって!お昼の後で早速日本語研修が始まったようだが鹿児島の休みを楽しんで欲しい。
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実践教会論
2:00、経済問題評議会。今に始まったことではないが、鹿児島教区は経済の立て直しを求められている。
30年来の経済の仕組みも見直しの対象となっている。信者が負担する維持費の大半は老後のことも含めて司祭や教区職員の人件費に費やされる。見直しが現実のことになると、月々収める維持費の70%を自分が属する小教区に残し、あとの30%を教区に収める。この30%は鹿児島教区のいわば生命線。
しかし、自分が属する教会に収める維持費がそんなふうに使われていることをわきまえている信者は少ないらしい。そこで、収入のある信者は小教区と教区の2つを維持する使命があることを明確にする方策を講じないといけない。あるいは経済正常化緊急募金の実績に照らしてあとひと踏ん張りして維持費のかさ上げをお願いすることも考えられる。維持費納入者の増加も課題。
お金という生々しい話題を避けて通れないこの世にある教会の現実。しかし、良く考えてみるとこれはお金を出す出さないという経済の問題というよりも実は、飛躍するかもしれないが教会論ではないのか。実践教会論?
あなたにとって教会とはなんですか?ハイ、癒しの場です。イエスとの出会いの場です。などなど。この手の質問とこの手の答えで満足してきたのかもしれない。もっとも、教会とはお金を要求するところと答えてもらっても困るのだが・・・。いずれにしろ信者の包括的な立ち位置が求められていることは確かだ。
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司教たちの気晴らし
気ままな司教たちの旅第二弾。今回は高千穂峡。ボクの記憶では15,6年前、福岡黙想の
家での1週間の黙想会の帰りに1人でバイクで立ち寄って以来だと思ったのだが、39年前に来たことがあるとのこと。当時、つまり神学部4年の夏休み、卒業前の思い出作りにと、弟のフェローマックスで九州縦断をやったことがある。そのときのメンバーが今回も同道の長崎の司教さんと後輩の司祭。そのときここ高千穂峡にも来たというのだが記憶にない。「来年はあの初ドライブ以来40年目になるので何かしよう」と盛り上がった。
いずれにしてもそんな高千穂峡の記憶は峡谷と滝、しかもこじんまりとし過ぎてがっかりしたことだけだ。それで今回もあまり期待はしていなかった。もっとも昨晩の夜神楽は全くはじめてのことだったので興味は持っていたが、かなり退屈。
いずれにしろ、今朝の散策はそんなボクの偏見を一気に吹き飛ばした。増水のためボートには乗れなかったものの遊歩道からの眺めはBreath taking!早速トイデジを取り出して数枚魚眼でゲット。口蹄疫の影響とかでお土産店は閑古鳥が鳴いていて気の毒。「少しでも宮崎に貢献を」というのが今回の旅の大義名分でもあったので全員何らかの土産を買った。ボクは高千穂饅頭。
天の岩戸まで足を延ばす。しかし、そこは人が近づいてはならない場所らしく神々が会議をしたという岩屋まで。ボクにとってはむしろそこに行くまでの峡谷が興味を引いた。この一帯は神話の里といわれるだけあって、しかも高原。里山を背に家々が散在する眺めは村里の原風景だ。数年前の災害で線路が流出したために廃線となった高千穂鉄道の線路だけが物悲しかった。
熊本駅で別れ4時前に帰館。
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自由への道は遠く
【今日配信のCathNews*Asiaより】ダナンといえばベトナムの中部。カトリック信者は約65,000人。
平和なコンダウ小教区が横暴極まりない県の方針に猛然と立ち上がった。
リゾート開発の波はベトナムにも押し寄せ土地の価格はうなぎのぼり。そんな中で当局が目をつけたのが海岸沿いの風光明媚な135年の歴史を誇るコンダウ小教区の地域。移転に伴う補償費の約束もないまま住民に立ち退きを決定したのが今年はじめ。もちろん信者たちは応じることはできないと反対。
しかも3月以来教会から1キロ離れた教会墓地への埋葬も禁じられた。悲劇はついに起こった。去る5月4日教会墓地に向かう葬儀の列の行く手を500人もの警官が遮った。1時間近くもみ合った結果59名が逮捕され数十人が怪我を負うことに。
5月17日、当局側は6名を公務執行妨害罪で告訴する旨を教会に通達。一方、ナムさんと何人かの信者が警察に呼ばれ、6名の告訴に協力するよう求められたがもちろん拒否。そこで繰り返された脅しと殴打はまるで拷問。先週3日(土)ついには釈放。しかし、ナムさんはその数時間後死亡。43歳の働き盛り。
ベトナム政府はカトリックに理解を示しつつあると聞いていたのに現実はどうやら違うらしい。こんなひどいことを放置すべきではない。世界に情報発信して外圧によってでも阻止しなければならない!自由への道の遠いことよ!
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Re:自由への道は遠く
ふるさと教会訪問
昨日9日夕方4:30、最初の訪問地赤尾木教会でのミサは9年ぶり。日曜日7:00のミサを終わりあたふた司祭館に戻り5分で朝食を済まして9:00のミサに急いだものだ。そのスケジュールは今も変わらないという。
1人2人を除いて後は昔の顔のままだ。盛大な会食を終えて8:30築百余年を誇る司祭館へ。かつて来客用に整えた部屋に通された。コーナーのマリア様もそのまま。入り口上に掲げられた「平戸口教会」のスケッチに驚いた。日付は86年。すっかり忘れていたが、当時「スケッチ旅行」と称して平戸方面へのソロツーリングを楽しんだときのものだ。粗末なものだが幸いサインがないのでそのままに。
我がふるさと瀬留(せどめ)の朝は6:00のアンジェラスの鐘で始まった。そして6:50分には子供の頃から耳になじんでいた町民歌が。やがて7時を回る頃になるとさまざまなお知らせ。今朝は商工会主催の朝市のお知らせに続いて区長改選に当たって希望者を募るものだった。「次にカトリック教会からのお知らせ・・・」に思わず聞き入ってしまった。明日のブイジュ祭についての案内だった。「・・・瀬留の地で生涯を過ごされたブイジュ神父の命日に当たり・・・特に今回は鹿児島司教・・・」ときたのには驚いた。
確かに瀬留の共同墓地に眠る神父様は瀬留の人々から慕われていることは確かだが村中に案内の放送をすることなど考えたこともなかった。教会の内外がきれいになったのと合わせて司祭が変わるというのはいいことだ。
昨日までのドシャ降りも止み曇り空。それにしても昨晩は思わずタオルケットをまとったほど涼しくて驚いた。鹿児島の数倍しのぎやすい。窓を全開にすると島の降灰とも無縁な純粋の風が優しく頬をなでる。久しぶりの開放感。明日までもつことを祈りたい。
10:00は大勝。そろそろ出かける時間だ。
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訪問は楽し
10:00時の大勝教会も9年ぶり。新しい顔ぶれ3名。7年前に越してきた夫婦と視覚障害の女性。
大勝教会の信徒の1人が立ち上げた視覚障害者の集い「ホープファミリー」のメンバー。プロテスタントの信者だがお互いにミサや集会に行き来しているという。民間のエキュメニカル(教会一致)運動だ。周りが気を遣いすぎることもなくごく自然なのが良かった。
会食の中での話は教区神学生を巡って鹿児島教区四方山話といったところ。高齢化に不安を抱く声にはさもありなん。しかし、例の洗礼を受けた人の数だけランプがつく機械の話をした。煙に巻いた感がないわけではないがいつも前向きであって欲しい。ともあれ、直接語りかけるのは手ごたえがあっていい。なによりも、小グループでのミサは司牧訪問という名にふさわしい。島口を交えての歓談はヤマトチュ(本土の人)の主任司祭には少し気の毒だったが・・・。
1時間あまりの午睡の後、三番目の訪問地嘉渡(かど)・秋名(あぎな)へ。風光明媚な龍郷湾沿いに北上。
夏の朝は早い。白い砂浜に青く澄んだ海。背後の山からは小鳥のさえずり。車を止め海岸に腰を下ろして朝課を唱えて6:30のミサに向かったものだ。赴任一年を迎えた主任司祭もお気に入りのコースだという。
やはり9年振りとなる教会のたたずまいは宣教百年を越すだけあって風格がある。写真を撮っていると見知らぬ男性がやってきたので早速島口で声をかけた。なんと、38年前新司祭として赴任した当時の青年!定年を迎えた機会に数年前都会からUターンしたという。もう一組の夫婦は初対面。若い親子3名も。最も高齢化が進んでいるはずの教会に新しいメンバーが!教会はやはり生きている!
ともあれ、前の前、昔の司教様のミサでのナガバナシは有名だったが久しぶりに会う信者たちにはついナガバナシになってしまう気持ちが分かるような長い説教だった。しかし、会食の締めくくりに話されたご婦人の感想にまたも手ごたえを感じた。これだから訪問はやめられない?おだてりゃブタでも木に登る?久しぶりとなる司教来訪に庭の草刈から好物のカシャもち作りと総出で数日費やしたらしい。釣り上げたばかりの高級魚ハーズィンの刺身も。ふるさとの人々の心意気は健在。
7:30過ぎ帰館。働き者の主任司祭は焼酎片手にブログを書くボクに構わずブイジュ祭の準備に余念がない。9:00、7つの巡回教会と集落の人でにぎわう。晴れるといいのだが。
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Re:訪問は楽し
我が巡回教会でも、数年ぶりにミサをお捧げくださって感慨無量でした。「ようこそ」
よりも、「おかえりなさい」といった感じでした。司教様の司牧時代がよみがえって、大変懐かしかったです。あっという間の時間でしたが、しっかり愛情をそそいでいただいて、お説教もいつくかの言葉が心に留まりました。これらを足がかりに、前進します。みなさん元気になりました。ブイジュ祭も天気に恵まれて素晴らしかったです。心より感謝申し上げます。御多忙な日々だと思いますが、お体には充分気をつけられてお元気にお過ごしくださいませ。心からの感謝と祈りのうちに!!!
Re:訪問は楽し
おかげで濃厚な関わりが持てた司牧訪問でした。
皆さんの熱き心に打たれました。
喜んでもらって嬉しいです。
ブイジュ祭
9:00集落のはずれの共同墓地。地域の人々を含めて約60名が参集。
主任司祭の指示?でミトラを被っての墓参の祈り。ブイジュ神父様を称える主任司祭手作りのお祈りはすばらしかった。全員で焼香のあと聖歌とロザリオを交えながら教会まで行列。庭先の神父様の胸像の前でお祈りと献香のあと聖堂に入った。10:00のミサには6つの教会から80名ほどが集まった。侍者隊は大人1人を含む中学生男子3名。説教はまたも挑発的で噛んで含めるような慈父?のような話し方には程遠い。
ミサ後、会衆席がカーテンで仕切られて会食の場に。メインディッシュは名物の鶏飯(けいはん)。金曜日からのご馳走が体中に充満しているようでお代わりは辞退。歓迎の島歌「あさばな」も披露され、浮かれて踊りだす人も。三味線の音色に島の人の血が騒ぐのだ。主任司祭も思わず踊り出すほどに伝播力がある。
会食の後は瀬留教会所属の信徒たちとの話し合い。話し合いといっても、ここでも鹿児島教区の現状を話す。シドッチ神父さんのことがほとんど知られていないことに気がついた。やはり身近なのはブイジュ神父様。信者ではない参加者の1人は子供の頃から親しんでいたエミ姉さん。80歳?「生まれ変わったらアタシも教会に」と言われるだけあって毎朝散歩の途中御聖櫃の「イエズスさまに手を合わせて、瀬留のみんなを今日もお守りください」とお祈りを捧げられるのだという。「あなたはもう信者です」誰かが言った。みんなが拍手で応じた。久しぶりに教会の敷居をまたいだほかの三名とも親しく島の言葉で話せたのは嬉しかった。全てには時がある。
「私は召命に忠実であるために全てを犠牲にしました。今になって裏切るわけには行きません。神のものとして主の摂理に全てを委ねました。」故国に残した母親からの帰国を願う手紙への返事。享年54歳。やはり、ブイジュ神父様が残された「教会の風土」が生きている。そんな感想を強くしたブイジュ祭だった。
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