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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。
 
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祈るばかり・・・

by admin posted at 2010-01-19 21:09 last modified 2010-01-20 07:28

司教研修会に講演会、そして小教区での新年会と落ち着かない数日がたってやっと今日配信されたカトリックアジアニュースを読んだ。

瓦礫の町と化したハイチ・パルトプランスの様子が生々しく報じられていた。日本の新聞やテレビが決して報道しない信者や司祭の様子をお伝えしたい。ポルトプランスはカトリック信者が250万もいて人口の71%にも及ぶという。

かつて人々はプロテスタントの人々と一緒に祈ったりすることは先ずなかった。そればかりか、「私たちの宗教が良くて他のものよりこっちのほうが本当の宗教だ」と言い合っていた人々が今や「私たちはイエス様を愛している。宗教なんてどうでもいい。主がいてくださるだけでいい」とそれぞれの宗派を超えて祈り合うようになったという。長年こうしたことを教えたかったのに信者たちの考えを変えることができないでいたのだが、「自分ができないでいたことを図らずも地震が実現してくれた」とは現地の40歳になるアレクサンダー神父さんの述懐。

そう言う神父さんにしても新しく気付かされたことがあるという。彼はこれまで何度となく「原罪」について話してきたが、今度の地震でつくづく感じたのは「神は私たちをいいものとして創造された」ということだったという。それというのも人々がお互いに助け合っているのを多く目にしているからだ。瓦礫を運び出したり、肉体的にも精神的にも受けた痛手を気遣いあったり、そんな姿を見るにつけ「良い者」との思いを強くするのだという。それにしても人々の信仰の確かさには敬服する。主人が未だに瓦礫の下に埋められたままだというのに「でも神様を信じます」。「神に栄光あれといいたい」という人も。

未曾有の災害の中にある人々に希望がもたらされるように。身内を失って悲嘆にくれる家族のために。援助活動が功を奏し一日も早く復興できるように。人々の和解と一致がもたらされるように。多くの祈りが求められている。

ちなみにハイチの人口は約1千万。カトリックは約600万。ポルトプランス大司教区のヨセフ・セルジュ・ミオ大司教様も犠牲になった。カトリック国別教勢のハイチの項にはすでに「2010.1.12死亡」と記されている。その他司祭神学生も大勢亡くなったという。最貧国という状況にも心を痛めながら・・・。祈るばかりだ。


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