墓地整備着工
聖霊降臨。ザビエル教会では14名の堅信式。大人たちに混じって中学生も3名。ミサ後には決意表明も。教会の力強い礎(いしずえ)となって欲しい。
午後草牟田教会墓地跡整備着工。1:30タイチ君を侍者に起工式。子供三名を含む大人男女約40名が参加。幸い晴天の下、とくに大勢のご婦人方の参加は嬉しかった。
半年あまりで着工にこぎつけることができたのは機動力にとんだ連合壮年会のお陰だ。ザビエル祭に、経済問題評議会の作業部会、それに今回の墓地整備。いずれも信徒の機敏な動きによるもので頼もしい。
初日の作業は司祭用埋葬地にめぐらされた石柱を除去。それに、散乱したり山積みになった墓石群を一箇所に集めること。これらは手数である程度早く片付いたが問題は木の根っこの除去。敷地外の角に生えている七かまどにも似た木から伸びる太い根が荒々しく石と石の間に割って入り、基礎を押し上げ、中には下をくぐって敷地内にも侵入。数本は退治したものの、次回チェーンソーでけりをつけることに。今後毎週日曜日の午後5,6人のボランティアで作業が続けられることになった。大勢での作業は和気藹々として楽しかった。
「ついに始まったか」とそばを通る墓参の人々もきっとホッとするに違いない。
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分け入っても・・・
「もしあの人が来ずわたしに話しかけず、わたしを乱さなかったら、わたしは罪を犯さずにすんだでしょう」と言っています。しかし、これはばかげたこと、屁理屈です。(毎日の読書第4巻142頁)
「聖ドロテオ修道院長の教訓」ということだが、どんな人だろうと興味が涌いた。それというのも、人のせいにしたがるクセは確かに厄介。いや人だけではない。何かの突発的なハプニングで予定通り行かないときには気持ちを静めるのに時間を要するし、そんな状況に腹を立てたりもする。
ごく自然なことといえばそれまでだが、彼は言う。「後になると、もはや試練は前と同じように自分を苦しめないことになるでしょう。進歩すればするほど、ますます試練は軽く思えるでしょう。魂が進歩したその程度に応じて力強くなり、襲ってくることを耐える力を持つようになるからです。」(同上)魂の深みを知った人の旅に終わりはない。
旅と言えば、ふと、あの放浪の詩人山頭火の好きな歌がよぎった。「分け入っても分け入っても青い山」奥深い神の懐をまさぐる旅に終わりはなく自分との出会いの旅の向こうにもみずみずしい青い地平が広がっている。そんな希望を感じた朗読だった。黙想会の続きのようなひと時だった。
午後、舞台劇「長崎の鐘」のチラシが届いた。鹿児島公演の実行委員長をおおせつかったこともあって、新聞社へのあいさつ回りの予定も入った。純心学園や他の私立高校も学校挙げて鑑賞することになっているという。これもまた、予期しないことで、感謝のうちに鹿児島の宣教のために頂いた恵みの時としたい。8月の原爆の日を前に一人でも多くの人に鑑賞してもらいたい。
昨日は一日外出も控えて静かにしたせいか、久しぶりのランも快調。
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特急騒動
「すみません。先に失礼します。4時過ぎの電車で・・・」手元の時計は3時40分ダトオモッタ。作品展用の仕上げに緊張していた教室が突然ざわめいた。
「すみませんいつの間にかこんな時間になって・・・」「それアタシがたたみます」「ドレドレ、これはボクに任せて・・・」指導に当たっていた先生までパニック。あわただしく教室をあとにして土砂降りの中を車に駆け込んだ。信号待ちで事務所に電話。「二階の荷物を下ろして、ボクを駅まで・・・」「分かりました!」今度は事務所がパニックに。駅到着4:10分。ダトオモッタ!「あと7分もあるから楽勝だね。良かった良かった。真ちゃんありがとう!」またもあわただしく駅に駆け込んだ。
切符の購入に少し手間取ったものの余裕。「お客さんは・・・宮崎・・・特急・・・」あとを追ってきた若い駅員さんが時刻表を見ながら口ごもった。「そうです。6時21分着で41分に乗り換えです。調べてきたから大丈夫です。わざわざどうも・・・」「ア・・・イエ・・」最近はサービス精神旺盛でいいね。わざわざ確認に来てくれるとは!それとも、「お得で65」の切符の事を聞いたので年がばれて・・・気ままな想像をめぐらしていてふと時計に目をやった。18分!1分も遅れてる!?・・・なんとボクの時計は15時18分だった!
あの駅員さんの不審な尋問?の謎が解けた!「イヤー時計を見間違えていました・・・」テレながら報告?すると改札口の二人が対応に窮した風に「あと1時間もありますね。」笑うこともなく答えたのがかえっておかしかった。ともあれ、沢山の人を巻き込んだ特急騒ぎではあった。
宮崎・佐土原で一泊し、翌4日の早朝の電車で一行三名となって大分へ。しっとりと雨にぬれた沿線の緑が目にしみた。二組の夫婦と昨年ご主人をなくされた奥さんのこじんまりした集まりだがこの人たちとの分かち合いはいつも豊かだ。地元から12月にウイークエンドをとの声もあがり、9月の説明会の日取りも決定。横浜での8月開催のアジア会議準備の担当はお祈りとバナー作成。これまでに見たことのないすばらしい心のこもったものが出来上がっていた。
8時前帰館。玉子酒を作って早めに就寝。
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霊名パウロ会
「霊名パウロ会」なるものが発足。「霊名をパウロとして洗礼を授かったものが一同に集い、それぞれが洗礼を授かったときの思いに立ち返り、
その感謝と喜びを分かち合い、聖パウロの心と行いに少しでも近づくことができて、新たな息吹としてこの集いの実りとなれば幸いです」と趣意書にあった。
出来合いのものでない自由な発想による自由な雰囲気の集まりが雨後の竹の子のようにあっちでもこっちでも生まれたらさぞ楽しいことだろう。神さまの懐の深さの地上におけるしるしが教会だとすればまだまだ出来合いのものが多いように思う。収拾がつかなくなるぐらいにいろいろのものが発生する土壌こそ教会の真骨頂ではないかと思うのだが。つまり、それだけ自由な発送が保障されるところこそ復活を祝ったものの集まりとしての教会。みんなが当局者になればと思う。
ともあれ、ザビエル教会だけで24名のパウロさんがいてお隣鴨池教会には10名。第一回目の今日は3名プラス乳児を含む4応援団。11時のミサ後カレーパーティー。歴史を研究しているパウロさんの話も聞けて楽しかった。
「お父様が詠まれた『パウロの如く・・・』の歌を教えてください。」突然の願いに戸惑ったら「覚えていないんですか?」「ア、イヤ・・・あとで持ってきます。」”身は独りになり果つるとも踏み越えて ひるむこと勿れパウロの如く”72年の司祭叙階の日に詠んだものだ。神学生の頃、帰省のたびに自作の歌を聴かされては感想を求められて困ったものだった。「父さんの祈りだね」あの頃そんな感想を聞きたかったのかもしれない。
無信号コース開発。教会裏の住宅街から城山登山遊歩道にかけての片道1キロほどだ。しかも、西日をほぼ回避できるので快適。それに走っている人は皆無。で、抜かれることもなくマイペースがキープできる。教会も近くてなんとなく安心。当分はこの「ノンストップ一時間」メニューで行くとしよう。
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クオリティータイム
お隣宮崎教会は通いなれたところとはいえ、堅信まで請け負うことになるとは!
とくにMEを通して大人の知り合いは多いが中学生と顔見知りになれたのは何よりも嬉しかった。あちらにしてみれば「ベツニー」と言うかもしれないが、ボクにとってはミサ中のやり取りで十分楽しめたのでそれで満足。司祭としてやっぱりチャレンジしたいのはミサだ。
その点、今日の中学生たち8名は、昨年5月から一年かけてしっかり準備してきただけあって、「堅信は大人の信者になる式」で大人になるとは「自分の事は自分で責任が取れる」と明言できるほどにウデを上げていた。一年の準備の重さは本人たちがわきまえているようで、県レベルのスポーツ大会を欠場した生徒もいて、主任司祭の期待に十分答えてくれたようだ。それだけに、指名されると嫌がることもなくちゃんと立って答えてくれた。
パーティーで乾杯したら親しみが一気に増したよう。思わず「頑張ろうな!」と肩をたたきたくなった。それにしても、素直な気持ちのいい中学生たちだった。若い同志たちに乾杯!幾分気は重かったが中学生たちとのクオリティータイム(上質のひと時)に感謝。
「電車でお帰りですか?」待合所で声をかけた和服のご婦人。「宮崎教会の・・・?」「そうです。」話が進むうちに詩人のM女史だと分かった。ご自分が主催する都城での同人の集まりに行かれるとのこと。かつてカトリック月刊誌世紀で発表された詩が出版されて宮崎県文化賞も受賞されたという。お手元の「飛行機雲」拝読。飛行機雲?あれは「単なるゴミ」。なるほど。「宇宙なんかに行く必要はない!」。「ボクもそう思います!」「92歳です」には仰天した。30分ほどの短いひと時は思いがけないクオリティータイム。パーティーでのビールが効いたのか小一時間の車中うたたね。これもクオリティータイムだった。
4時過ぎ帰館。ただちに墓地巡礼へ。先週に続いて墓地整備が今日もなされたはずだ。見届けたいと思った。久しぶりに、あの聖書のラゲ訳のボランティア小野藤大博士のお墓に一本の白菊を供え、小さな祈りのあと墓地跡へ。なるほどチェーンソーで切断された木の根っこが露出していた。しかし、これではいずれ木に負けてしまいそう。もう少し荒治療が必要ではないか。それでも祈りを捧げて我がセンゾのお墓へ。さすがに菊はドライフラワー状態。ここではロザリオ一連。
帰りは例の城山森林癒しのコース。今日は事のほか森林浴が身に沁みた。明日はノースケジュール。少しゆっくりしたい。
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山が呼ぶ
「山は欲しくありませんか?」「山?欲しい欲しい!」数週間前のやり取りが現地見学にまで進展。
かなり複雑な経路をたどって着いたのは谷川の向こうに広がる杉林の山。一町歩はあるという。手前三段の棚田状の原野にはヒノキや杉が植林され、草生(む)した石垣が民家跡を忍ばせる唯一の痕跡。人が絶えてかなりの年月がたっていることが分かる。
大きな栗の木に咲く満開の花がむせるような香りを放っていた。コサン竹の藪には竹の子がかなり伸びていたので上のほうだけ収穫。子供の頃、父に連れられて小一時間も行った山の斜面にコサン竹の竹の子を採りに行ったことが懐かしく蘇った。一抱えも採った。思いがけない自然の恵みに満足。右手奥には孟宗竹の林もある。
間伐材で小屋を作り瞑想の家にするといいかもしれない。それに、ぶどうにみかん、実のなる木を何種類も植えると季節ごとにお楽しみができる。貯水用に使ったと思われるセメントのタンクも発見。近くに水がしみていた。整備すれば下から水をくみ上げる必要もなさそう。いろいろ夢が膨らんだ。「当分は遊び場にさせてください」と言ったらニコニコしながら頷いてくれた。先ずは藪にでも入れる丈夫な靴、ナタに鍬、それに草刈り機。いろいろ小道具をそろえるのも楽しみだ。
今日は午前午後と二つの原稿が仕上がった。面会の申し出も断って専念しただけにホッとした。今日は事務所の例会。ゲストも数名迎えて賑わいそう。
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舞台劇「長崎の鐘」
長崎の鐘。永井博士。子供の頃から耳にしていた。とくに「この子を残して」は読んだことはないが、
父や兄弟たちから沢山聞かされていたので二人の子供の名前もまるで同じ村の友だちのような親しみを感じていたものだ。だから、如己堂をはじめて訪れた時は、昔から知っている人の家に立ち寄ったような懐かしい感じがしたものだった。
舞台劇「長崎の鐘」の話を聞いたのは、確か、昨年11月の列福式の折ではなかったかと思う。先輩司祭が熱心に語られ、「鹿児島でも是非!」と薦められた。間もなく作者ご本人と鹿児島の企画会社の方が見えた。お二人の熱い心に打たれた。そうこうしているうちに、「開催実行委員長」に。1500席を満席にしないといけない。各小教区の積極的な取り組みに期待したいところだが一般の人にも是非見てもらいたい。
「宗教」と聞いただけで胡散(うさん)臭い感じのする人はまだまだ多いと思うが、神無き文化が悲惨な事件続発の温床であることに気付いて欲しい。自分の悲惨な境遇を嘆くでもなく、ましてや神への信仰が揺らぐわけでもない。博士とは対極にいる同僚医師がついに同じ信仰に宗旨替えしたことの意味は大きい。
言うまでもなく博士の強さは信仰によるものだった。自分の不幸を人のせいにすることなく現実を受け入れる力こそ十字架のイエスから学んだもの。博士の高邁な信仰の姿は焦土と化した長崎の町に、いや、荒廃した今の日本社会にまっすぐに伸びる光の道。鑑賞する人々に新たな光がもたらされるに違いない。
午後新聞社に出向き同じようなことを話した。若い記者がうなづきながら一生懸命書きとめてくれた。夕方のランはまずまず。明日も晴れなら自転車。9:00、久しぶりに「電話で祈る会」に出席。厳しい現実の中にあっても明るく生きておられる方の分かち合いが心に沁みた。
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サイクリングは楽し
お昼のあとサイクリング。といっても、自転車での病院訪問。片道18キロ。主要道を回避してできるだけ住宅街を走った。歩道は無いものの、人通りもまばらで車も少ないのがいい。
産業道路には入らず、226号線をひたすら南下。谷山電停前を過ぎ、旧市街を抜けると左にカーブして間もなくゆるい坂道に差し掛かった。先の信号をまっすぐ上がると五位野(ごいの)そして動物園。ずいぶん前に来たことがある。左折して産業道路に合流することに。確かにものすごい車の量だ。何キロも延びる右側の緑地帯には遊歩道があることが分かった。車道と隔離された別世界。渡り鳥らしい野鳥が群れ、かまびすしく鳴きかいながら飛び回っていた。
夏にのみオープンする県のレジャーランドは人気(ひとけ)がなく夏が待ち遠しそう。間もなく巨大なホームセンターや物産館などとってつけたような開けた空間。人里離れたこんなところでも結構賑わっているようだった。やはり車社会。
橋を渡り食肉センターを過ぎたところで再び緑地帯。車道との間にはかなり広くて深い用水路。こじんまりした干潟もできてい小さなカニたちが群れていた。干潟の色に似ているので判別しがたいが僕が近づくと白いつめを上げて一斉に動き出した。あの小さな細長い目を開いて(立てて、が正確?)警戒を怠らないでいたらしい。しばらく観察して自転車を動かしたらまた一斉に白いつめが上がった。「あーびっくりした!」狭い干潟に喚声が上がったようだった。
カニたちと別れて少し行ったら先ほどの動物園前を通る226号線との合流点。その向こうの岬にはもう病院が見えている。もう一息だと思った瞬間、けたたましくサイレンを鳴らしながら消防自動車が何台も何台も駆け抜けていった。病院到着午後2:18分。ほぼ1時間半ほどかかったことになる。
神父さんは6人部屋の真ん中におられた。開口一番は「大仕事されましたね」だった。「99.99%の成功」だと執刀医が言われたと嬉しそうだった。2センチほどの切り口から内視鏡をとレーザー?で圧迫している部位を切除したのだという。看護士さんが手馴れた様子で体中に取り付けた心電図やその他の測定用の管を除去するところだった。明日からはほぼすべての管がはずされリハビリが始まるという。一週間もすれば退院だとか。これからの人生を快適に過ごせるのなら一週間ですんでラッキーだ。すべて順調に行ったようで安心。神に感謝。
30分ほどで退室。日もささず曇り。風が涼しく思ったほど汗をかかず、最高の日和だった。しかし少し疲れた。
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いつか一緒に行きましょう。