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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。
 
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宣教師は死して愛を残し

by admin posted at 2006-12-09 21:44 last modified 2006-12-09 21:44
長崎は弔いの雨に濡れて

ホームのうどんやは永遠

落書きではありません・JR

夏に見舞ったときの希望は叶わず、鹿児島の地を二度と踏むことなく静かに逝ったビデマン神父さん。ミサの説教は同僚のハンマー神父さん。入来(いりき)の知的障害者の施設「薩来(さつき)園」を作ったのがビデマン神父さんだったことを始めて知った。30年も続くハイチ里親制度も彼の発案。

「目標を定めたら、右も左も見ないでまっすぐ進んだ。」ハンマー神父さんの話は時には笑いを、時には涙を誘い、異国に捧げた宣教師の心の深さに、愛宕(あたご・長崎)教会を埋めたた参列者は心を暑くした。信徒代表の挨拶も心に浸みた。頭島管区長は喪主の挨拶で、「彼から見たら子供みたいな」と自ら言いながら、「そんな人だと分っていたんだったらケンかなんかするんじゃなかった」と胸の内を吐露。正直なコクハクに、みんなはまたも泣き笑い。

「か-みともにいましーてー・・・」霊柩車から流れる聖歌と共に神父さんは行った。小雨だが、さっきより心なしか強くなってきた中をタクシーに乗った。

3:30。長崎ー鳥栖のカモメはシートも柔らかく座り心地は上々。しかし良く揺れた。連れの四人、長崎名物イワシの揚げを肴に黒ビールででおやつ。美味しかったので事務所の四人におみやげ。鳥栖での待ち合わせは30分。神学生の頃に食べたホームの名物うどん屋は今も健在。四人で早い夕食。昔の味は忘れたが、全員一滴も残さず大満足。同じホームのポスターに思わずパチリ。

青年達との分ち合いをキャンセルしての長崎だったが、帰ってみると集会室に明り。そのままシャワーに行って知らんぷりを決めた。悪かったかな。

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